藤本大学~徒然なるままに(弁護士ぎーちのブログ)

ぎーち(弁護士藤本一郎:個人としては大阪弁護士会所属)のブログです。弁護士法人創知法律事務所(法人は、第二東京弁護士会所属)の代表社員です。東京・大阪・札幌にオフィスを持っています。また教育にも力を入れています。京都大学客員教授・同志社大学客員教授・神戸大学嘱託講師をやっています。英語・中国語・日本語が使えます。実は上場会社の役員とかもやっていますし、ビジネスロイヤーだと認識していますが、同時に、人権派でもあると思っています。要するに、熱い男のつもりです。

物価上昇から考える。


 今日は東京の某ホテルに宿泊中です。
 明日は朝から東京ですので、大阪の事務所に電話頂いても、留守だと言われるだけです。
 私用メールアドレス宛のメールか、携帯に電話下さい。


 さて、東京ぶらぶらしてますと、関西とは明らかに違う物価に驚きます。
 東京って前からこんな物価でしたっけ?
 修習時代には気付かなかったんですが。


 そういえば、一昨日、清華大学に行ったので、久々に、私の好きだった「Pepper」というバーに行ったのですが(もし当日、白人や韓国人の語言の学生と思われる女の子の中で明らかに雰囲気を外している10人くらいのスーツ集団を見つけた方がいらっしゃれば、それは私が連れてきた日中の弁護士集団でした・・・)、確か1年前、20元だったジントニックが30元になっているので驚きました。これって50%も物価上昇ってことですよね?まあ、お酒だけの話ではありますが。


 関西では、タクシーが更に値下げを続けています。
 ついこの間、京都の都タクシーとMKタクシーが、5000円以上の長距離について従前の30%引きから50%引きに値引き幅を拡大しました。もともと通常のタクシー料金から10%安い両者ですので、これで大阪〜京都間がおそらく深夜でも1万円を切るようになると思います(これら2社のタクシーで梅田の梅新交差点から出町柳近辺まで乗車した場合)。私の愛する葵タクシー(通常のタクシー料金から12%安い)も、追随値下げをするそうです。私が弁護士になりたての頃、この区間は大阪のタクシー(中型)ですと深夜2万円必要だったと思います。えらいことです。東京では基本料金が710円になったというのに。


 日本自身が世界の成長から取り残され、その取り残された日本の中で更に関西が取り残されている感覚があります。北京のようにいきなり50%上がるのは困りますが、それなりにみんながハッピーになる道は、これ以上のタクシー値下げがなくても良い程度の景気が維持されることだと思うのですが、今までと同じやり方では、これは達成できなさそうです。


 抜本的に関西を変えるのは、どんな方法があるでしょうか。
 橋下大阪府知事がやっているやり方に支持が集まっているようですが、基本的に切りつめをしているだけなので、みんながハッピーになる改革ではないと思います。大阪府という自治体組織には必要な改革だと思いますが、関西の人の生活水準が向上するような効果はもたらさず、むしろ低下するでしょう。


 1つのやり方は、まずはお金の有効活用という意味では、国の権限を地方に持ってくることでしょう。例えば、関西では、更にダムが必要と国は言っています。これが不要なら、国土交通省が予算を失う訳です。確かに、ダムにより、より安全になるのかもしれません。しかし、素人的に考えれば、いま既に沢山ダムがある中で、更なるダムよりも大事なものが沢山あるように感じて仕方がありません。この国土交通省が無駄に使おうとしているお金を別の関西のために使える仕組みがあれば、関西はおそらく全体としてハッピーでしょう。意味のある、極めて実質的な道州制の早期導入が必要です。


 もう1つ、やはり世界からお金が集まる仕組みが必要でしょう。
 例えば、Jパワーへの投資ファンドの投資の件で外為法の「対内直接投資等」に関する中止勧告・中止命令が話題となりましたが、関西という州に投資する際には、外為法の規制の枠をもっと緩くすることで、外資の抵抗感をまず軽くし、さらに、投資を奨励する仕組みが必要ではないでしょうか。前にも述べましたが、上海なんて、絶え間なく続く外資の投資によって飛躍的な発展があったのです。浦東金融特区のように、というのは、現実的には難しいかもしれませんが、しかし、できないことはないでしょう。単に現在の地方税の枠組みで対処するだけでは、世界での投資呼び込み合戦では勝負できません。何でも平等な日本では抵抗があるでしょうが、外資の一定業種の法人税を、そのような特区では、当初5年免税、その後も一定期間内国法人の3分の1にする、といった大胆な方策は取れないものでしょうか。法人税そのものが、道州の権限になったら、可能かもしれませんよね。
 

 東京の物価高、北京の物価高にショックを受けつつ、あれこれ思い悩むぎーちでした。