藤本大学~徒然なるままに(弁護士ぎーちのブログ)

ぎーち(弁護士藤本一郎:個人としては大阪弁護士会所属)のブログです。弁護士法人創知法律事務所(法人は、第二東京弁護士会所属)の代表社員です。東京・大阪・札幌にオフィスを持っています。また教育にも力を入れています。京都大学客員教授・同志社大学客員教授・神戸大学嘱託講師をやっています。英語・中国語・日本語が使えます。実は上場会社の役員とかもやっていますし、ビジネスロイヤーだと認識していますが、同時に、人権派でもあると思っています。要するに、熱い男のつもりです。

会社分割を巡る近時の判例から(2)


 最初に会社分割を活用した企業再建スキームに対し、イエローカードを出してきた判例と言えば、最判平成20年6月10日(判タ1275号83頁)ではないだろうか。


 事案としては、ゴルフ場の会社分割である。
 被上告人(株式会社涼仙)は、平成15年1月8日、分割会社(大東開発株式会社)の新設分割により設立された会社であり、その際「涼仙ゴルフ倶楽部」という名称の分割会社のゴルフ場事業を承継した者である。「涼仙ゴルフ倶楽部」なる名称は引き続き使用されている。
 但し、分割会社のゴルフ会員権に絡む預託金返還義務については、被上告人は承継しなかった。もっとも、平成15年4月15日、被上告人と分割会社は、連名で、分割会社のゴルフ会員に対し、ゴルフ会員権を被上告人の株式に転換することにより、ゴルフ倶楽部を被上告人経営の株主会員制ゴルフ倶楽部に改革する旨の通知を発した。

 上告人は、これに同意せず、平成16年5月25日、被上告人に対し、ゴルフ倶楽部から退会する旨の意思表示をするとともに、預託金の返還を求めた。

 上告人に対する預託金返還義務は、分割会社が負っているものであり、前回述べたとおり、分割会社が負う場合は、債権者保護手続きを要しない。しかし、事業譲渡類似の事業の承継がなされることを突いて、上告人は、本件会社分割により本件ゴルフ場の事業を承継し本件ゴルフ倶楽部の名称を引き続き使用している被上告人は、会社法22条1項の類推適用により、本件預託金の返還義務を負う、として、返還請求を行ったものである。


 原審は、上告人の請求を棄却した。会社分割において、会社法22条1項の類推適用を否定すべきとは言わないが、本件では、分割会社と被上告人の連名で、今後は被上告人がゴルフ倶楽部を経営することが周知されており、同一の営業主体による営業が継続されていると信じたり、営業主体の変更があったが債務が承継されたと信じたりすることが相当ではない特段の事情がある、としたものである。


 ところが、最高裁は原審を破棄して、被上告人の主張を認めた。事業譲渡の場合、譲受会社が譲受後遅滞なく従前の会員のゴルフ場施設の優先的利用を拒否したなどの特段の事情がない限り、会社法22条1項の類推適用を受けるとの判例最判平成16年2月20日)が、同様に妥当する、としたのである。
 そして、上記連名の通知をもってしても、特段の事情はないと判示した。


 この判例は2人の裁判官による意見と補足意見が付されているが、特に那須裁判官の意見にあるように、事業譲渡の場合には、付帯登記ができるが、会社分割の場合には付帯登記ができないのであり、このような通知を行っても特段の事情がないとするのは、余りに酷であると感じたものである。もっとも、那須裁判官も指摘するとおり、分割日と通知の日との間に時間が空いているのであるから、ここがもっと詰まっていた場合には別異の結論があり得たのかもしれない。


 この判例の事案同様に、会社分割においては、従前の分割会社の商号や通称を、新会社において継続使用することが見受けられる。何故なら、そうしておけば、一般の需要者に対し、会社分割を用いた再建をしていることが気付かれず、かかる再建による影響を最小限とすることができるほか、取引先に対しても、無用な心配をかけることが少なくなると考えられているためである。例えば、レストラン事業を承継させる場合であれば、会社の商号は変更するとしても、レストラン名を変更すれば、一般消費者から見れば「店が変わった」という風に見られてしまい、従前のレストランが得ていた評判を承継することができないかもしれない。

 しかし、この最高裁判例は、債権者保護手続のない分割会社の債権者についても、新会社に対し会社法22条1項の類推適用により請求することができる場合があることを示したことで、たとえ債権者保護手続のない債権者に対してでも、一定の営業主体が混同されないような措置を速やかに行わなければ、新会社に債務が承継されてしまうリスクがあり得ることを示したということで、大きなインパクトがあった。

 そして、この判例の前後から、この、債権者保護手続のない分割会社に残された債権者が、新会社に請求する道を拡大する判例が相次ぐことになるのである・・・。