藤本大学~徒然なるままに(弁護士ぎーちのブログ)

ぎーち(弁護士藤本一郎:個人としては大阪弁護士会所属)のブログです。弁護士法人創知法律事務所(法人は、第二東京弁護士会所属)の代表社員です。東京・大阪・札幌にオフィスを持っています。また教育にも力を入れています。京都大学客員教授・同志社大学客員教授・神戸大学嘱託講師をやっています。英語・中国語・日本語が使えます。実は上場会社の役員とかもやっていますし、ビジネスロイヤーだと認識していますが、同時に、人権派でもあると思っています。要するに、熱い男のつもりです。

弁護士に対する懲戒請求とは何なのか?

弁護士に対する「不当」な懲戒請求に対し、その請求を受けた東京弁護士会所属の北周士弁護士と佐々木亮弁護士が5月16日、記者会見をしたことで、大きく報道された(その様子については、HUFFPOSTの記載が詳しい。)。その後、例えば橋下弁護士らが、北弁護士らの今回の対応について批判的なツイートを掲載している

北弁護士とは、個人的に親交もあるが、そもそも、弁護士に対する懲戒請求制度について、正確に理解されていないところがあると思うし、また、私もいち弁護士として、世の方々に正しくこの制度を使って欲しいと思うため、少し記載をしてみたい。


1.懲戒請求制度の概要と趣旨
2.懲戒請求制度の仕組み
3.北弁護士に対する懲戒請求不法行為か?
4.共同不法行為性と、損害論
5.おわりに


1.懲戒請求制度の概要と趣旨

弁護士法第八章(56条以下)は、弁護士及び弁護士法人に対する懲戒制度を規定している。
弁護士及び弁護士法人は、弁護士法や所属弁護士会日弁連の会則に違反したり、所属弁護士会の秩序・信用を害したり、その他職務の内外を問わず「品位を失うべき非行」があったときに、懲戒を受けることになっている(同法56条)。

懲戒は、基本的にその弁護士等の所属弁護士会が、懲戒委員会の議決に基づいて行う。
弁護士に対する懲戒の種類は、次の4つである(同法57条1項)。

  • 戒告(弁護士に反省を求め、戒める処分です)
  • 2年以内の業務停止(弁護士業務を行うことを禁止する処分です)
  • 退会命令(弁護士たる身分を失い、弁護士としての活動はできなくなりますが、弁護士となる資格は失いません)
  • 除名(弁護士たる身分を失い、弁護士としての活動ができなくなるだけでなく、3年間は弁護士となる資格も失います)

つまり、懲戒を受けると、最悪弁護士たる身分や、弁護士となる資格を失うのである。

また、この懲戒の結果は、官報に公告される(同法64条の6第3項)ほか、弁護士の機関誌である「自由と正義」という雑誌に公表される(従って、単なる「戒告」であっても、皆に知られてしまうから、大ダメージである)。最近では、その雑誌に公表された結果を掲載するホームページもあるようである。また、最終的に懲戒されないという結論になるとしても、所属弁護士会が懲戒手続を開始すると、法律上、登録換又は登録取消の請求をすることができない(同法62条)。例えば、引っ越しで大阪から東京に登録を換えて弁護士をしようとしても、その変更ができないのである。通常、懲戒請求の結論が出るまで、1年では効かないそこそこ長い期間がかかるので、この負担は、全く軽視できない。

そのような重い手続である懲戒の請求を、「何人も」「その事由の説明を添えて」求めることができる(同法58条1項)。そこで、今回北弁護士らに対する大量の請求が現実に発生したのである。

なぜ、そのような大量に請求されることもある、弁護士にとっては請求されるだけでも辛いともいえる懲戒請求を、「何人も」できるようにしているのだろうか。

冒頭紹介した橋下弁護士が、かつてある刑事事件の弁護人に関し(一部省略するが)「(3)ぜひね、全国の人ね、あの弁護団に対してもし許せないって思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求かけてもらいたいんですよ」、「(4)懲戒請求ってのは誰でも彼でも簡単に弁護士会に行って懲戒請求を立てれますんで、何万何十万っていう形であの21人の弁護士の懲戒請求を立ててもらいたいんですよ」、「(5)懲戒請求を1万2万とか10万とか、この番組見てる人が、一斉に弁護士会に行って懲戒請求かけてくださったらですね、弁護士会のほうとしても処分出さないわけにはいかないですよ」などと、番組の視聴者に対し、本件弁護団を構成する弁護士について懲戒請求をするよう呼び掛けたことが、不法行為を構成するかどうか争われた最高裁の裁判(最判平成23年7月15日判タ1360号96頁。以下「橋下事件最高裁判決」という。事案としては、橋下弁護士不法行為責任はないと判示された。)の裁判官竹内行夫の補足意見では、次のように説明されている。

「弁護士に対する懲戒については,その権限を自治団体である弁護士会及び日本弁護士連合会に付与し国家機関の関与を排除していることとの関連で,そのような自治的な制度の下において,懲戒権の適正な発動と公正な運用を確保するために,懲戒権発動の端緒となる申立てとして公益上重要な機能を有する懲戒請求を,資格等を問わず広く一般の人に認めているものであると解される。これは自治的な公共的制度である弁護士懲戒制度の根幹に関わることであり,安易に制限されるようなことがあってはならないことはいうまでもない。日本弁護士連合会のインターネット上のホームページにおいても,「懲戒の請求は,事件の依頼者や相手方などの関係者に限らず誰でもでき,その弁護士等の所属弁護士会に請求します(同法58条)」と紹介されているところである。
 懲戒請求の方式について,弁護士法は,「その事由の説明を添えて」と定めているだけであり,その他に格別の方式を要求していることはない。仮に,懲戒請求を実質的に制限するような手続や方式を要求するようなことがあれば,それは何人でも懲戒請求ができるとしたことの趣旨に反することとなろう。
 また,「懲戒の事由があると思料するとき」とはいかなる場合かという点については,懲戒請求が何人にも認められていることの趣旨及び懲戒請求は懲戒審査手続の端緒にすぎないこと,並びに,綱紀委員会による調査が前置されていること(後記)及び綱紀委員会と懲戒委員会では職権により関係資料が収集されることに鑑みると,懲戒請求者においては,懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠なく懲戒請求をすることは許されないとしても,一般の懲戒請求者に対して上記の相当な根拠につき高度の調査,検討を求めるようなことは,懲戒請求を萎縮させるものであり,懲戒請求が広く一般の人に認められていることを基盤とする弁護士懲戒制度の目的に合致しないものと考える。制度の趣旨からみて,このように懲戒請求の「間口」を制約することには特に慎重でなければならず,特段の制約が認められるべきではない。この点については,例えば本件のような刑事弁護に関する問題であるからとの理由で例外が設けられるものではない。
 第1審被告は,本件発言(4)で懲戒請求は「誰でも彼でも簡単に」行うことができると述べて本件呼び掛け行為を行ったが,その措辞の問題は格別,その趣旨は,懲戒請求権を広く何人にも認めている弁護士法58条1項の上記のような解釈をおおむね踏まえたものと解することができると思われる。
 ところで,広く何人に対しても懲戒請求をすることが認められたことから,現実には根拠のない懲戒請求や嫌がらせの懲戒請求がなされることが予想される。そして,そうしたものの中には,民法709条による不法行為責任を問われるものも存在するであろう。そこで,弁護士法においては,懲戒請求権の濫用により惹起される不利益や弊害を防ぐことを目的として,懲戒委員会の審査に先立っての綱紀委員会による調査を前置する制度が設けられているのである。現に,本件懲戒請求についても,広島弁護士会の綱紀委員会は,一括調査の結果,懲戒委員会に審査を求めないことを相当とする議決を行ったところである。綱紀委員会の調査であっても,対象弁護士にとっては,社会的名誉や業務上の信用低下がもたらされる可能性があり,また,陳述や資料の提出等の負担を負うこともあるだろうが,これらは弁護士懲戒制度が自治的制度として機能するためには甘受することがやむを得ないとの側面があろう。」

つまり、弁護士会は、国家機関の関与を排除して監督官庁がなく、自治によって運営されている以上、その懲戒制度がきちんと運営されるために、資格等を問わず「何人も」広く一般の人でも懲戒請求できるようにして、弁護士や弁護士会の公正を保つために認めているのである。故に、一般の人が懲戒請求できなくなってしまうような要件を設けるとか、専門的な意見が言えないと懲戒請求ができなくなるようにすることは間違いだが、「現実には根拠のない懲戒請求や嫌がらせの懲戒請求がなされることが予想される。そして,そうしたものの中には,民法709条による不法行為責任を問われるものも存在するであろう。」と説明されるとおり、間口を広くした結果として、一般人からの「根拠のない懲戒請求や嫌がらせやの懲戒請求」については、「不法行為責任」が問われ得ることについても、広く認識されているところである(つまり、そのような請求が来てしまうのは、制度上「やむを得ないとの側面」があるが、そのような不当請求については、この補足意見を前提とすれば、別途の裁判で解決する、ということになる)。

おそらく、これは想像であるが、北弁護士らは、このような大量の懲戒請求を目の前にし、上記橋下事件最高裁判決も十分検討した上で、今回の懲戒請求は、「根拠のない懲戒請求や嫌がらせの懲戒請求」に該当するものとして、「民法709条による不法行為責任を問」うことにより、別途の裁判で解決しようと考えたのではなかろうか。


2.懲戒請求制度の仕組み

さて、一般の方から懲戒請求されたことについて、北弁護士らは、裁判で損害賠償請求をすると言っているが、では、懲戒請求制度は、一度請求すると、どのように進展するのであろうか。

この点をわかりやすく図示しているのが、日弁連のホームページにあるので、リンクを貼っておく

何段階かに分かれており、まず、当該弁護士の所属弁護士会の内部にある「綱紀委員会」という委員会が審査をし(弁護士法58条2項)、その結果、懲戒委員会の審査を求めるという議決となった場合に、「懲戒委員会」による審査を求めることになる(同法58条3項)。「懲戒委員会」の審査の結果、「懲戒することを相当と認めるときは、懲戒の処分の内容を明示して、その旨の議決をする。この場合において、弁護士会は、当該議決に基づき、対象弁護士等を懲戒しなければならない。」(同法58条5項)。

この「懲戒委員会」の審査に基づく所属弁護士会による判断は、請求者からの異議や、懲戒を受けた弁護士からの審査請求がある場合、日弁連の懲戒委員会でも審査される。また、所属弁護士会の「綱紀委員会」が懲戒委員会に対し審査請求をしないとなった結論について、懲戒請求者が異議を出した場合、日弁連の綱紀委員会で審査され、逆転で審査請求が相当となると、所属弁護士会の「懲戒委員会」に審査請求されることもある。また、所属会・日弁連の「綱紀委員会」でいずれも審査請求しないという結論が出た場合に、更に「綱紀審査会」という会に綱紀審査の申出をすると、逆転で審査請求をせよとなることもある。

最終的に、日弁連の懲戒委員会の懲戒の結論に不服がある弁護士は、その日弁連の判断の取消を求めて、東京高等裁判所に提訴することもできる。これは、日弁連監督官庁がないことに鑑み、日弁連の判断を一種の行政処分であるとみて、東京高等裁判所に、取消の訴えを提起することができるようにしたものである(同法61条)。

ときどき、「綱紀委員会」「懲戒委員会」も、弁護士なんだから、身内に甘いのでは?との意見を聞く。しかし、「綱紀委員会」の構成員には、裁判官、検察官、学識経験者などの外部の方も含まれている(同法70条の3)。「懲戒委員会」の委員も、弁護士のほか、裁判官、検察官及び学識経験のある者の中から選ばれている(同法66条の2)。
 
既に述べたが、このように、懲戒請求には、所属弁護士会の「綱紀委員会」「懲戒委員会」、日弁連の「綱紀委員会」「懲戒委員会」「綱紀審査会」、更に東京高裁での裁判があり得るのであり、かなりの時間と労力を要する。そして、弁護士は、これらの労力について、依頼者がいない(自らが代理人ではない当事者となる。)ため、誰に対しても報酬を請求することができない。かなりの長時間、タダ働きさせられた上で、自らが身分を失う懲戒を受けるかもしれないのである。弁護士自治のため、であるが、しかし、もし懲戒の請求が不当である場合であれば、この負担を懲戒請求者にも求めたくなる気持ちそのものは、理解して貰えるだろうか。大事な制度であることは、弁護士の誰もが認めるけれども、濫用されてしまうと、かなり大変なことになるのだ。


3.北弁護士らに対する懲戒請求不法行為か? 

では、問題の北弁護士らに対する懲戒請求について、不法行為として懲戒請求者に対し損害賠償請求が認められるのか。

不法行為として損害賠償請求が認容されるには、ざっくり言うと、当該行為が権利侵害である等として違法となり、それによって損害が発生することが必要である。

法が認める権利の行使であれば、通常は適法であって違法とは言えない。弁護士に対する懲戒請求自体は、弁護士法によって認められる制度であり、「何人も」請求することが法律上できるのであって、通常は、その請求が違法になることはない。

もっとも、請求するときには、「その事由の説明を添えて」請求することができるという制度であり、上記橋下弁護士に関する最高裁判例の補足意見も、一般人からの「根拠のない懲戒請求や嫌がらせやの懲戒請求」については、「不法行為責任」が問われ得ることについては認めている。つまり、根拠のない懲戒請求や嫌がらせの懲戒請求等、権利の濫用と言われるような請求であれば、例外的に違法になることがあり得る。

ただ、上記橋下事件最高裁判決の一審被告であった橋下弁護士の行為(ちなみに、一審広島地裁では損害賠償請求が容認されている。)と、本件懲戒請求者の行為は少し違うように思われる。橋下弁護士は、テレビを通じて、懲戒請求を促したというものであって、その表現行為が不特定多数に広がったものであり、その表現行為が不当であれば名誉毀損とか、名誉毀損でなくても、人格的利益が毀損されるという違法行為を構成する可能性がある。しかし、個々の懲戒請求者は、その懲戒請求書を当事者である弁護士以外でいえば、所属弁護士会にしか見せない。懲戒請求という制度を通じて、懲戒の「事由の説明」について、当該弁護士のみならず、少なくとも綱紀委員会の委員に読まれることにはなるが、仮に、荒唐無稽な主張であれば、懲戒委員会への審査請求もされないという結論になるので、その不当な表現が知られる範囲は、ある程度限定されていることになる。

つまり、荒唐無稽な主張であっても、果たして個々の懲戒請求者が、北弁護士らの権利を侵害する違法な行為を行ったと言えるほどに、権利を濫用したと言えるかが、訴訟における1つの大きな争点になると思われる。

ただ、この点、報道による限りであるが、懲戒請求者らの「事由の説明」の内容を見ると、明らかに懲戒請求にあたらない内容が記載されていた模様だ。それが、扇動的なホームページに記載され、それを印刷して懲戒請求を大量に行う。明らかに懲戒請求に値しない内容が記載されるならば、綱紀委員会で審査請求しないという結論になるのだろうし、違法性はない、ということになるのか、それとも、違法となるのかについては、訴訟提起が違法となり得るのかどうかの裁判例と状況が類似すると思われる。というのも、訴訟も、裁判そのものは、形式的には公開される(この点は懲戒請求とは違う。もっとも、懲戒請求が認められる場合には、官報に公告されるなど、訴訟以上に広く知られる可能性がある点にも留意すべき。)ものの、実質的には、当事者間で知られるだけであるし、訴訟の提起は原則として権利の行使であるので、訴訟提起の違法性と、懲戒請求の違法性というのは、ある程度類似するからだ。

この点、最高裁のある程度確定した判例によれば「訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解する」とされる(最判平成22年7月9日判タ1332号47頁、なお同最判が引用するものとして、最判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁、最判平成11年4月22日判タ1006号141頁。)。これらの最高裁判例(以下「不当訴訟最高裁判決」という。)に照らすと、客観的にも主観的にも、およそ請求が通る見込みがないのに懲戒請求するような場合は、たとえ橋下弁護士のようにテレビで表現行為を行っているような場合でなくても、違法な行為となり得るように思われる。

長文となったが、弁護士にも様々な意見があることは承知しているが、今回の北弁護士らに対する懲戒請求は、報道による限り、およそ懲戒請求者の主張した事由が根拠を欠いていて、しかもそのことについて懲戒請求者も十分知っていたと言うことができるように思われる。従って、これらの者に対する、懲戒請求は違法ではないかと考えるところである。


4.共同不法行為性と、損害論

もっとも、では、いったいどのような損害が発生したのかについては、なお議論の余地がある。仮に違法でも、損害がなければ、不法行為に基づく損害賠償請求は容認されないからだ。

第一に、橋下事件最高裁判決でも、「本件懲戒請求は,本件書式にあらかじめ記載されたほぼ同一の事実を懲戒事由とするもので,広島弁護士会綱紀委員会による事案の調査も一括して行われたというのであって,第1審原告らも,これに一括して反論をすることが可能であったことや,本件懲戒請求については,同弁護士会懲戒委員会における事案の審査は行われなかったことからすると,本件懲戒請求がされたことにより,第1審原告ら(注:←懲戒請求を受けた弁護士のこと。)に反論準備等のために一定の負担が生じたことは否定することができないとしても,その弁護士業務に多大な支障が生じたとまでいうことはできない。」として、懲戒請求を受ける弁護士の負担については、綱紀委員会による負担についての「多大な支障」を否定している。

もっとも、報道によれば、懲戒請求に関連して、「懲戒請求者は9000000000名ですからね」「外患誘致罪」と書かれた手紙を受領したり、懲戒請求の内容が、ツイッターの表現行為に言及して、それが懲戒事由だと記載されたものもあるようだ。私であれば、たとえ懲戒請求に対する対応が、綱紀委員会の審査だけで終わるとしても、日頃の業務やツイッターを含む表現行為に対し、広範な監視がされるような圧迫感を感じ、正直怖さを感じるであろう。懲戒請求そのものはやむを得ないことがあるにせよ、様々な威圧行為がある中で、およそ懲戒になり得ない事実・理由を記載さた上で懲戒請求を受けてしまったならば、少なくとも精神的に萎縮する。懲戒請求を受けた弁護士に対し、懲戒請求を超えた威圧行為がある中での理由のない懲戒請求は、制度を超えた生命身体自由に対する侵害がある可能性を感じるものであり、そのような懲戒請求であれば、人格的利益が害されたと言えるのではなかろうか。

もっとも、個々の懲戒請求者の誰がそのような威圧行為をしたかは不明である。
そうすると、個々の懲戒請求と、実際に発生した損害(人格的利益の侵害)との間に因果関係がないとなる可能性もある。例えば、懲戒請求をした人ではない人が威圧行為をしているとすれば、個別の懲戒請求者は、威圧行為によって発生した人格的利益の侵害をしていないという結果になり、やはり損害賠償請求は認められないということになり得る。
私は、もちろん事実関係が明らかにならなければ断言はできないが、本件について報道等を見る限りは、共同不法行為の理論により、その損害賠償が認められるのではないかと考える。
すなわち、報道等によると、懲戒請求は、扇動的なホームページを見た者が、その書式を使って請求している模様であり、懲戒請求の理由における同一・類似性も認められる模様であるから、これらの者の間で、いわゆる関連共同性が認められるように思われるからだ。

なお、威圧行為がなくても、懲戒請求単体でも損害は発生し得ると思われるが、上記橋下事件最高裁判決があるので、その事件では生じなかったが本件では生じた損害というのが何なのかをどのように主張立証するのは、注目してみたい。


5.おわりに

以上概観したとおり、北弁護士らに対する懲戒請求を含む一連の行為については、全体として評価すると、不法行為として損害賠償請求が認められるように思われる。弁護士に対する懲戒請求というのは、弁護士に対し身分を奪う強いサンクションを伴う請求であり、もちろん弁護士自治を保つために必要な制度ではあるものの、本件のように濫用されることを許すべきではないのではなかろうか。


おまけで。
この北弁護士らの対応に「正義」がないと仰る弁護士さんがいるようなので、一言。
私の解釈する「正義」というのは、絶対的な正しさという意味ではなく、類似の状況においても正当化されるだけの根拠(北弁護士らでなくても、同じような被害を受けた時に同じような言動をする弁護士がいたら、それは同様に対応するのが相当だろうといえるか?)と私は解したが、その趣旨であれば、あるのではなかろうか。つまり、このような懲戒請求を受けることは、弁護士であれば、誰でもあり得るところ、自分がもしこの被害を受けたら、やはり怖い。そして、制度的に、まさに弁護士自治という制度によって、我々弁護士は、誰もがこのような被害に遭う危険を負っている。弁護士自治のための懲戒制度であり、それそのものは仕方がないにせよ、権利濫用と言えるような懲戒請求についてはご遠慮いただきたい、そのために北弁護士らが敢えて戦ってくれている、そう感じている弁護士が多いからこそ、あれだけのカンパが集まるのではないか、私はそう感じている。