藤本大学~徒然なるままに(弁護士ぎーちのブログ)

ぎーち(弁護士藤本一郎:個人としては大阪弁護士会所属)のブログです。弁護士法人創知法律事務所(法人は、第二東京弁護士会所属)の代表社員です。東京・大阪・札幌にオフィスを持っています。また教育にも力を入れています。京都大学客員教授・同志社大学客員教授・神戸大学嘱託講師をやっています。英語・中国語・日本語が使えます。実は上場会社の役員とかもやっていますし、ビジネスロイヤーだと認識していますが、同時に、人権派でもあると思っています。要するに、熱い男のつもりです。

天下り的な発想を全廃すれば行政・司法改革は全てうまくいく


 日本は競争社会でしょうか。
 仮に競争社会だとして、一部が競争社会なのに、他の一部に特殊な保護されている社会があるとすればどうでしょうか。


 競争社会とは何でしょうか。
 それは、第一に、フェアであるということだと思います。
 実力があるモノが、実力がないモノに負けるということになれば、実力があるモノは去っていきます。


 私は、法曹が年間3000人でも5000人でも構わないと思っています。フェアであるなら、それでも良いのです。
 その代わり、司法書士とか税理士とか弁理士とかの個別制度はもう全部なくして、司法試験を通る人だけ弁護士になる世界にしたらどうだろうか、と思っているのです。税務や知財に強い人について専門認定が必要なら、弁護士の中で試験すれば良い。日本の司法制度が諸外国と比較されますが、弁護士が2万数千人しかいないのに、隣接法律職が16万17万といるから、分かりにくくなるだけです。全て、フェアな同じ統一の司法試験を通る人だけ相手にすればいい。


 何故そんなことを思うのか。何故現状ではダメなのか。
 個々の弁理士さん、税理士さんに恨みがある訳ではありません。大好きな人が沢山います。
 弁理士、税理士、司法書士など、隣接法律職の多くについては、公務員の一種の「天下り」的な恩恵制度になっている面がある、こういう旧態依然とした制度があることが、日本の「法曹」を狭め、またフェアであるべき部分を狭めていると思うのです。


司法書士法第4条
 次の各号のいずれかに該当する者は、司法書士となる資格を有する。
 1.司法書士試験に合格した者
 2.裁判所事務官、裁判所書記官、法務事務官若しくは検事事務官としてその職務に従事した期間が通算して10年以上になる者又はこれと同等以上の法律に関する知識及び実務の経験を有する者であつて、法務大臣が前条第1項第1号から第5号までに規定する業務を行うのに必要な知識及び能力を有すると認めたもの

 →つまり、裁判所で書記官やっていたり、法務局や検察庁で事務官を10年やっていれば原則なれる(認定司法書士制度)。


弁理士法第七条
 次の各号のいずれかに該当する者は、弁理士となる資格を有する。
 一 弁理士試験に合格した者
 二 弁護士となる資格を有する者
 三 特許庁において審判官又は審査官として審判又は審査の事務に従事した期間が通算して七年以上になる者

 →つまり、特許庁で審査官として7年仕事していれば必ずなれる。


税理士法については、若干ややこしいので条文を挙げることはしませんが、相当部分について免除が効きます。


 私は、公務員の方々が、在職中の経験や能力を生かして、それぞれの資格を取得され活躍されることはとても良い事だと思います。しかし、それは、別途試験に合格して取ってもらえればいいことです。法律事務所、司法書士事務所、特許事務所、税理士事務所で働いている事務員さんだって、それぞれ事務員として専門知識を高めているのです。彼らと公務員を何故区別して扱うのか。企業で特許や税務に長年従事した人と公務員を何故区別して扱うのか。

 
 そして、副検事や簡裁判事といった司法試験に通っていない方について、「準弁護士」という資格を作ろうという話もあります。


 公務員としての経験は、得難いものである筈です。実力さえあれば、別に国家に特殊な恩恵を与えてもらわなくても、別の関連分野で必ず活躍できます。例えば、我が事務所には、書記官を数年やったあとに司法試験に合格した弁護士がいますが、かなり優秀です。顧問先からも指名で仕事がきます。このような「自動的」な資格付与制度があってもなくても、優秀な人は優秀であり続けられるから心配ないのです。問題は、優秀ではない人が、資格を得ることによって保護されてしまうことなのです。


 一種の法曹隣接職での天下り問題。
 これが全て一掃できるなら、司法改革は意味をなします。
 そのために、弁護士職の人数が10倍になっても、私はそれで良い。食えない弁護士が10万人出ても仕方ない。その利益は必ず国全体に、国民1人1人に還元されると思います。


 結局、現在の司法改革を「天下り」との関係で述べると、いまのところ「天下り」枠が非常に小さい弁護士という職業領域だけを、「司法」と捉え、この狭い枠の中で、弁護士に犠牲を求め、他の制度を温存するという形になっており、国家の在り方としてどうなのか、フェアではないのではないか、と思う訳です。別に私個人は、司法書士さんや税理士さん、弁理士さんに仕事を取られているとは思わない。ただ、私は、どうせなら、もっとフェアな広い法曹界というものを作ってみたいのです。全て司法試験を通った者による「弁護士一元」ができれば、この広い広い世界に、もっと多様な人材があつまり、多様な活躍の道が開けていくのではないのか。いまの狭い弁護士の世界だけを無理に大増員して、そこだけ狭い範囲の競争を促すよりは、良い国の形が描けるのではないか。そして、司法界で全ての「天下り」がなくなることは、行政改革と相俟って、日本全体が真のフェアな競争社会になることにつながるのではないか。


 勿論、競争社会にも、特に日本のような均質的な社会であることに意味が大きい社会の場合、「セーフティネット」は大事です。私個人は自分で自分をセンターより少しだけ左よりを守っていると思っていますから(うーん、やや説得力ないかもしれないけど)、この重要性につき本来もっと割くべきです。しかし、今日はヒトコトだけ。公務員をやっていた人だけに「セーフティネット」がある必要は全くないでしょう。