藤本大学~徒然なるままに(弁護士ぎーちのブログ)

ぎーち(弁護士藤本一郎:個人としては大阪弁護士会所属)のブログです。弁護士法人創知法律事務所(法人は、第二東京弁護士会所属)の代表社員です。東京・大阪・札幌にオフィスを持っています。また教育にも力を入れています。京都大学客員教授・同志社大学客員教授・神戸大学嘱託講師をやっています。英語・中国語・日本語が使えます。実は上場会社の役員とかもやっていますし、ビジネスロイヤーだと認識していますが、同時に、人権派でもあると思っています。要するに、熱い男のつもりです。

3000人見直しか?


 今日はですね、午後から労働仲裁の申立に行こうと思っていたのですが、金曜日だということを忘れていました。中国のお役所は、金曜日、トクに午後は閉まっていることが殆どです。みなさん、金曜日の午後は共産党の勉強会に忙しいのです。ということで、時間ができたので、ここの更新をしたりしてみました。


日本経済新聞2008年1月25日電子版
【司法試験合格者「年3000人」見直しも・法相、3月までに研究会】
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080125AT1G2501825012008.html

 司法試験の合格者を2010年までに毎年3000人とする政府目標について、鳩山邦夫法相は25日の閣議後会見で「やはり3000人というのは多すぎるのではないか」と述べ、3月までに法務省内に研究会を設け、見直しを検討する方針を示した。法曹人口の拡大は司法制度改革の柱だが、一部の地方弁護士会が就職難などの懸念から見直しを求めている。

 鳩山法相は司法修習の修了試験の不合格者が増えている問題にも触れ、「数が増えれば、質の問題に影響する。規制緩和、自由競争という概念で法曹の数を考えるのは間違っていると思う」と話した。

 法曹人口の拡大をめぐっては、01年の司法制度改革審議会意見書が、市民に身近な法曹を目指し、法科大学院の設置を前提に「10年ごろには新司法試験の合格者の年間3000人達成を目指す」と提言。政府もこれらの計画を閣議決定した。 (12:35)

関連:
朝日新聞2008年1月25日電子版
【鳩山法相、法曹3千人計画見直しで「3月までに組織」】
http://www.asahi.com/politics/update/0125/TKY200801250101.html
【司法試験「年3千人」見直し 法務省、合格者減も選択肢】
http://www.asahi.com/national/update/0124/TKY200801240483.html

讀賣新聞2008年1月25日電子版
【法試験「3千人合格」見直しの意向、法相「多すぎる」】
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080125-OYT1T00341.htm


 私としては、「弁護士」だけの法曹人口をいじくりまわすような「小手先」の「改革」じゃない対応をして貰えるのが一番嬉しいのですが・・・。日本とアメリカを比較すると、弁護士の人数だけでは、2万数千人vs100万人という圧倒的な差があるのですが、(1)教育面、(2)弁護士以外の法曹隣接職の人数、(3)訴訟制度の相違、(4)統治制度(連邦と州か、単一国家か)、(5)弁護士事務所の在り方の問題等々で弁護士に対する需要に大きな差が生じるような状況になっています。これらの点を本格的に改革せずに、法曹人口と法科大学院の設置と裁判員制度だけで誤魔化しているようでは、本当の「改革」にならないのです。


 もう何度も書いたことを以下書きますので、このブログを頻繁に読んで頂いている人には無関係な話ですが、一応論じます。


(1)教育面

 日本は、専門大学院としての「法科大学院」を作りましたが、4年制大学の「法学部」を併存させました。

 日本では年間およそ5万人もの学生がこの法学部を卒業します。この人数は、全米の3年制「法科大学院」を卒業する人数(2005年4万2672人、188校のABA認定学校の卒業生の総数)よりも多いのです。人口比(日本:米国=1:2.5)を考慮すれば、既に日本は、「法科大学院」なしでも、米国よりも多くの法律知識を持った社会人が輩出される構造になっているので、それをそのまま残しつつ、更に「法科大学院」を作っても、インパクトは小さいのです。日本では、弁護士に全面的に頼らなくても、ある程度自分たちで法的な問題を解決できるような教育がなされてしまっているため、弁護士に頼まなければいけない仕事領域が、アメリカよりも狭くなるのは当然です。これは、そのまま弁護士報酬の額にもはね返る問題です。

 
(2)隣接法律職

 日本には、弁護士以外に、税理士・行政書士司法書士弁理士社会保険労務士といった隣接職業が存在(米国にはない。より正確にいえば、米国にも例えば"Patent lawyer"はいるが、既存の弁護士が別途資格を取得する「+α形式」になっている)し、これらの総人数は既に16万人を超えています。これに弁護士の2万数千人を足せば、19万人近い"Lawyer"がいるともいえます。前述のとおり、アメリカには100万人の弁護士がいますが、稼働している方は約75万人と言われていますので、これに人口比と隣接法律職の人数を考慮すると、実は広い意味での法曹人口は、それほど違わないのです。


(3)訴訟制度の相違

 日本の民事訴訟や刑事訴訟は、すごく限られた武器の範囲で訴訟をします。
 証拠を徹底的に開示させる、米国流のDiscovery手続は、なされていません。
 要は1件1件の訴訟にかかる時間が全然違うのです。

 例えば、何度も言いましたが、米国のDiscovery手続で行われるDeposition(宣誓供述)は、私的な証人尋問みたいなものなのですが、1人の証人候補者に対し、8時間程度質問を浴びせ続けるのは米国では普通のことです。日本の尋問の「主尋問30分、反対尋問30分」だけとは違い、本当に細かいことまで、相手方弁護士が掘り下げていくことができます。それだけ弁護士が仕事をしなければならないとなれば、例え民事事件の数が同じであるとしても、弁護士の需要が全然違ってくるのです。真実発見という意味では、米国の訴訟制度の方が圧倒的に優れています。


 ただ、日本の限られた制度にも利点がないわけではありません。「武器」が少ないので、依頼者の側からすれば、安く訴訟ができる訳です。しかし、そのような「箱庭訴訟」のせいで、真実発見についても、米国より疎かになっているといえるのです。

 この訴訟制度をどういじるかは、国民の裁判に対する期待や、弁護士に対する需要を大きく左右する問題ですので、裁判員制度とかよりも、もっと議論が起きて良いのですが・・・。これをいじらずに法曹だけ増やしても・・・という気がします。


(4)統治制度

 よく、地方にもっと弁護士を増やせ、といいますが、しかし法律を作っている場所が東京だけだったら、地方に弁護士が行く必要性があまりないですよねえ。

 ところが米国は、各州で法律が違う訳です。州によって法律が違い、州によって弁護士資格が異なる訳です。そうであれば、各地方で一定数の弁護士が必要になります。

 日本も道州制をどうするのか、その際、道州にいかなる権限を与えるか、というのは、単なる行政改革の域を超え、司法改革にも関連する問題なのです。この筋道を決めることなく、単に法曹人口だけを増やしても、地方に法曹需要が増える筈がありません。少なくとも、優秀な、本当に地方が欲しいような弁護士が増えるということにはならないと思います。


(5)弁護士事務所の在り方の問題

 もしも弁護士に自由に競争をすることができるとするなら、日本の弁護士事務所だって、米国のように、株式会社や有限責任組合(LLP)などといった出資の限度で「有限責任」となる組織形態を取ることを認めるべきです。

 日本では弁護士がこのような組織を採用することが認められていません。その結果、個々の弁護士は、非常に高いリスクの中で業務をさせられており、そのようなリスクのない外国の法律事務所と「武器対等」に業務ができていないのです。また、コンサル事務所であれば株式会社やLLPができるので、彼らとの競争という意味でも、「武器対等」とは言えないでしょう。

 人数だけ増えても、それだけで良い組織が作れるわけではないのです。

・・・・・


 以上簡単に論じましたが、法曹人口と法科大学院裁判員制度だけが司法改革ではないのです。
 もっとすべき改革があるのに、3000人問題ばかりニュースになるのは残念だし、この機会に、もっと本質的な「この国のかたち」が議論されることを強く望みます。


 ・・・まあ、もしこの法曹人口をどうするかという問題が切り口となって、私が挙げたような5つの問題などにも議論が及び、司法に関する「この国のかたち」が、国民参加の中で決まっていくんだとしたら、もしかしてすごく良い国ができていくのかもしれません。