藤本大学~徒然なるままに(弁護士ぎーちのブログ)

ぎーち(弁護士藤本一郎:個人としては大阪弁護士会所属)のブログです。弁護士法人創知法律事務所(法人は、第二東京弁護士会所属)の代表社員です。東京・大阪・札幌にオフィスを持っています。また教育にも力を入れています。京都大学客員教授・同志社大学客員教授・神戸大学嘱託講師をやっています。英語・中国語・日本語が使えます。実は上場会社の役員とかもやっていますし、ビジネスロイヤーだと認識していますが、同時に、人権派でもあると思っています。要するに、熱い男のつもりです。

原子力損害について法的見地から整理してみた。


 いま、様々な場面で、東日本大震災に伴う、東京電力による原子力損害のことを考えてしまうと思います。


 私は、当事務所(弁護士法人淀屋橋・山上合同)の執筆した「震災の法律問題Q&A」で原子力損害の部分を担当して記載しましたので、東京電力の責任と、じゃあ、我々は何をどう請求することができるのかについて、ここで一度まとめてみましょう。


1 誰が今回の原子力損害について責任を負うのか?

(1)原子力事業者の責任について


 大気中や、食品に見られる、セシウムその他の放射性物質の高い放射線量。慣れっこになってしまうのが恐ろしい位の数値を日々目にしているのですが、そもそも論として、今回の事故の法的責任を負うのは、誰なのでしょうか?

 
 ここで考えられる請求の相手方は、(i)原子力発電所を経営する電力会社,(ii)原子力発電所を製造したメーカー,(iii)国だと思うのですが、いまの法律(原子力損害の賠償に関する法律(以下、「原子力損害賠償法」といいます。))によると、(i)のみ、ということになります。このことは、同法3条・4条をご覧頂ければ分かると思います。


  第二章 原子力損害賠償責任

(無過失責任、責任の集中等)
第三条  原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない
2  前項の場合において、その損害が原子力事業者間の核燃料物質等の運搬により生じたものであるときは、当該原子力事業者間に特約がない限り、当該核燃料物質等の発送人である原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。

第四条  前条の場合においては、同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者は、その損害を賠償する責めに任じない。
2  前条第一項の場合において、第七条の二第二項に規定する損害賠償措置を講じて本邦の水域に外国原子力船を立ち入らせる原子力事業者が損害を賠償する責めに任ずべき額は、同項に規定する額までとする。
3  原子炉の運転等により生じた原子力損害については、商法 (明治三十二年法律第四十八号)第七百九十八条第一項 、船舶の所有者等の責任の制限に関する法律 (昭和五十年法律第九十四号)及び製造物責任法 (平成六年法律第八十五号)の規定は、適用しない。

 
 普通であれば、(ii)原子炉を製造したメーカーの製造物責任とかも問い得るようにも思うのですが、4条1項及び3項に記載のとおり、責任はない訳です。3条1項にあるように「異常に巨大な天災地変」に該当しない限りは、原子力事業者(今回で言えば東京電力)のみが、無過失の法的責任を負うことになる訳です。


(2)国の責任について


 他方、原子力賠償法16条では、原子力事業者の損害賠償すべき額が賠償措置額(一工場あたり1200億円、原子力賠償法7条1項)を超え、かつ、この法律の目的を達成するために必要と認める場合には、国が必要な援助を行うことが規定されています。

 また、原子力賠償法17条では、すでに述べたような「異常に巨大な天災地変」と認められるような場合に、国(政府)に被災者の救助および被害の拡大の防止のための必要な措置を講ずるようにすることが規定されています。

 しかし、これらは、いずれも一種の政策条項であって、具体的な国の義務として規定されているものではありません。


 今般の事故を踏まえ、国策で原子力を推進したんだから、原子力事業者のみが責任を負うなんておかしい、国が負うべきだ、という声も随分今回ありました。


 このような声を踏まえ、平成23年8月に急遽成立した、原子力損害賠償支援機構法及び平成二十三年原子力事故による被害に係る緊急措置に関する法律において、様々な国の関与が規定され、特に前者において、原子力政策を推進してきたことに伴う「社会的責任」を国が負うことが明記されました。ただし、いずれも国が東京電力の賠償金支払いを支援するしくみを構築した法律であり、また社会的責任までしか明記されていないことから、これらの法律に基づき、国に対して法的責任追及ができるという規定にはなっていません。


 なお、特別法がなくても、一般法で国やメーカーの責任を追及するという考え方もあり得るところですが、原子力損害賠償法の責任集中については、一般不法行為民法)の特則として制定されているので、およそ「原子力損害」に該当する限り、不法行為責任について別途民法709条により損害賠償を請求することはできないというのが下級審判例(水戸地判平成20・2・27判例時報2003号67頁、東京高判平成21・5・14判例時報2066号54頁。なお、最判平成22・5・13判例集未登載も原審を維持して上告棄却)です。もっとも、対国については、公務員の故意・過失や公の営造物の設置管理に瑕疵があるとして、国家賠償法による国の責任を追及すること、また、東京電力の福島第一、第二両原子力発電所の設置を許可した国の安全基準には問題があるとして、設置許可無効を理由として国に対する訴訟を提起する余地はあると思われます。
 

2 どんな損害について東京電力に対し賠償請求できるのか?

(1)「異常に巨大な天災地変」の可能性は?

 以上、東日本大震災に伴う原子力事故による損害については、原則として、原子力事業者である東京電力に対し、「原子力損害」の賠償が認められることになります。

 ただし、原子力損害賠償法3条1項但書にあるように、仮に万が一「異常に巨大な天災地変」により生じたものであると認定された場合は、原子力賠償法によっても、民法不法行為によっても、原子力事業者である東京電力に対し損害賠償請求をすることはできない、ということになります。


 なお、「異常に巨大な天災地変」がどのようなものかについて判断した裁判例はありませんし、平成23年3月に起きた東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所における放射線漏れが発生した詳細な経緯がわかっておらず、また、原子力事業者にあたる東京電力の主張や裁判所の判断によることとなるので、この事案について具体的にどのように判断されるかは、現時点で断定することはできません。

 しかし、現時点では、免責にならないことを前提として、原子力賠償に関する法案が制定され、また、原子力損害賠償紛争審査会において賠償範囲が検討されています。


(2)具体的にはどのように損害賠償請求するのか?
〜示談か、和解の仲介か、訴訟か〜

 では、どのように請求すれば良いのでしょうか。まず、東京電力と被害者の当事者同士で解決できるような場合には、東京電力から被害者に対して送付される請求書用紙等に必要事項を記載のうえ、東京電力に対して送付し、補償を受けることとなります。具体的な手続の流れについては、東京電力ウェブサイトに記載されており、福島原子力補償相談室も設けられています(連絡先:0120−926−404)。


 上記手続は当事者間で被害額を確定し、示談を成立させるものであることから、東京電力が認める被害額に応じられない場合には、原子力損害賠償紛争審査会に和解の仲介を申し出ることができます。ただし、和解の仲介によっては認定の内容を強制することはできません。


 もしも、東京電力の示談の申し出や、和解の仲介では納得できない内容となれば、東京電力に対する損害賠償請求訴訟を裁判所において提起し、裁判所に「原子力損害」にあたるかの判断を求める必要があります。


(3)どんな損害について賠償請求できるのか?


 「原子力損害」にあたるとして賠償を受けられるのは、当該事故と相当因果関係が認められるものに限られます。相当因果関係とは、当該事故から生じることが社会通念上相当と認められる範囲で因果関係が認められるということを意味します。


 いかなる損害が「原子力損害」にあたるかについては、「原子力損害賠償紛争審査会」が中間指針を策定しています。ご留意いただきたいのは、これはあくまで「指針」であり、特に裁判においては、ここで記載されていても請求が認められなかったり、記載されていても請求が認められる可能性があるということです。


 「中間指針」を見る限り、必ずしも被害者に優しい指針とは言えないようにも感じます。

 例えば、「中間指針」においては、政府による避難等の指示等により、避難等を余儀なくされた者については、(1)放射性物質への曝露の有無等を確認する目的で受けた検査費用、(2)交通費、家財道具の移動費用、宿泊費等の避難費用、(3)市町村が実施する「一時立入り」に参加するために負担した交通費等の一時立入り費用、(4)避難指示等の解除等に伴い、対象区域内の住居に最終的に戻るための交通費、家財道具の移動費等の帰宅費用、(4)避難等を余儀なくされたために傷害を負い、また、健康状態が悪化したような場合の逸失利益、治療費、薬代、精神的損害等の生命・身体的損害、(5)避難を余儀なくされたことにより生じた精神的損害、(6)避難対象場所で事業を営んでいた場合の営業損害、(7)避難対象場所に勤務先があり、避難等により就業が不能となった場合の就労不能等に伴う損害、(8)対象区域内にあった商品を含む財物の安全確認のための検査費用、(9)動産および不動産の財物価値の喪失、減少により生じた損害が、「原子力損害」の範囲に含まれる、という指針が示されています。したがって、政府による避難等の指示に従って県外に避難したのであれば、これらの損害につき東日本大震災に伴う原子力事故と相当因果関係が認められる結果、賠償を受けることが可能です。


 これに対して、政府による避難等の対象区域外に住んでいたが自主的に避難したような場合には、中間指針に従う限りにおいては、原子力損害の範囲に含まれることが明らかとされていません。


 したがって、自主避難について損害賠償を求めるためには、現在のところ東日本大震災に伴う原子力発電所の事故との相当因果関係を裁判で立証する等しなければならないのではないかと思われます。


 なんか間違っている気がしますが、行政の観点でいえば、大量の請求を迅速にさばくという観点ではやむを得ない面もあるのかもしれません。あとは、司法が具体的事情を汲み取って、解決してあげることしかないのかな、と思っています。