藤本大学~徒然なるままに(弁護士ぎーちのブログ)

ぎーち(弁護士藤本一郎:個人としては大阪弁護士会所属)のブログです。弁護士法人創知法律事務所(法人は、第二東京弁護士会所属)の代表社員です。東京・大阪・札幌にオフィスを持っています。また教育にも力を入れています。京都大学客員教授・同志社大学客員教授・神戸大学嘱託講師をやっています。英語・中国語・日本語が使えます。実は上場会社の役員とかもやっていますし、ビジネスロイヤーだと認識していますが、同時に、人権派でもあると思っています。要するに、熱い男のつもりです。

共謀罪について

 へへへ、今日はちゃんと起きられた。嬉しい。

 さて、共謀罪の導入について終盤国会の争点となっている。
 しかし現在の議論を見ていると、改正は拙速だ。

 私の主張の要点。

第1 そもそもこの「共謀罪」は、「国際組織犯罪防止条約」を批准した我が国が国内法としてそれに対応するために創設されるものである。しかし、条約が求める義務の内容と、実際の法案の内容が整合しているとは思えない。条約が求める以上に広範に「共謀」を定義している。

第2 そもそも条約の施行のためにやるんだから、もっと国際的な犯罪に限定することを明確にすべきだ。法務省の回答(それはできない)は、最初から努力を放棄したものだ。

第3 我が国は、従前からそもそも共謀(conspiracy)を独立した犯罪としてこなかったし、刑法上、ある行為が犯罪に該当する場合に、目的・故意・結果の重さに応じて「第1級」「第2級」と分けるようなことをしてこなかった。今回の条約は、そのような分類がされている国を想定にして定められているとしか思えない部分があり、どうしてもこの条約を遵守した刑事法を策定したいのであれば、この2点について、もっと真剣な議論を行った上でやるべきだ。

 敷衍すると、

第1点(改正法の広範な「共謀」の定義)について

 確かに条約も、「長期四年以上」の犯罪を「重大な犯罪」と定め、その「合意」の処罰を、通常の罪の未遂犯や既遂犯とは別に行うことを求めている(下記条約の第2条(b)、第5条、1、(a)を参照のこと)。

 しかし条約では、「合意」を(i)「金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的」(目的犯)に限定し、(ii)「国内法上求められるときは,その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの」(客観的行為)と限定して良いことになっている。

 ところが、改正法の共謀罪(下記の「第6条の2」)は、

(組織的な犯罪の共謀)
第六条の二
 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪
  五年以下の懲役又は禁錮
二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪
  二年以下の懲役又は禁錮
2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も、前項と同様とする。

と定められていて、「団体の活動として」という絞りはあるが、目的犯や客観的行為による絞りはない(※客観的行為の存在は処罰条件にはなっているようであるが)。条約が求める以上に「共謀」が広範である。

 なお、我が国の「4年以上」は、非常に広範であるが、国際的にはそうではない。条約が想定する「重大な犯罪」と我が国での「4年以上の罪」との間には齟齬がある。この点については第3点で更に触れる。



第2点(国際的な性質)について

 国際犯罪に限定すべきではないかという点についての法務省の回答はこうだ。

国際組織犯罪防止条約は,国際的な組織犯罪に対処するための国際協力の促進を目的としていますが,組織犯罪に効果的に対処するため,各締約国が共謀罪を犯罪とするに当たっては,国際的な性質とは関係なく定めなければならないと規定しており,このような国際性を要件とすることはできません。
実際問題としても,例えば,暴力団による国内での組織的な殺傷事犯の共謀が行われた場合など,組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪から国民を守る必要が高いものについては,国際的な性質を有しないからとの理由で処罰できないというのは,おかしな話です。

 しかし、第1に、条約は性質上国際的な犯罪に限り対応することを求めている(下記条約の第3条、2を参照されたい)。「国際的な性質とは関係なく定めなければいけないと規定」しているというのは、大きなウソである。

 第2に、確かに、国内的な罪だから保護しないというのは、一瞬おかしい気もする。しかしそもそも、何ら結果が発生していないし、着手も行われていない「共謀」だけで罰するのであるから、性質上特にどうしても、そのような共謀だけで罰さざるおえないものに限定するのは、合理的な判断である。既にみたように、特に今般の共謀罪は定義がただでさえ広範なのだから、性質上国際的な犯罪に限定して、条約が求める最小限の範囲に抑える努力が必要だろう。


第3点(そもそも我が国の刑法と他国の刑法(例えば米国)との相違)について

 私は日本の刑法以外に、米国の刑法しか知らない。米国人から見れば、共謀罪(conspiracy)は、通常の罪の着手(attempt)や、既遂犯とは別個の犯罪というのは、「当たり前」であり、今回の条約には違和感がない筈である。しかもconspiracyは着手や既遂犯とは観念的競合ないし牽連犯の関係にならず、独立した犯罪として残る(mergeされない)。それだけ伝統的に「共謀」を罰していたのである。そんな国と、我が国のように、共謀を独立した罪とはしない国とが、同じように改正できる筈がない。

 ちなみに、米国法におけるconspiracyの要件は、(i)agreement(合意)、(ii)intent to achieve unlawful object(不法目的を達成する意思)、(iii)overt act(何らかの客観的な行為)であり、先に条約でも見たが「客観的行為」がなされることを前提としている(もっとも、overt actは何か特定の行為を要求するものではないので、構成要件というべきかは疑問もあるが)。真に合意だけで処罰しようとするものではない点も無視して、我が国の「共謀罪」が定められようとしているような気もする。


 次に、我が国は、基本的に、罪を細分化しようという発想がない。しかし他国はそうではない。結果として「長期4年以上」が、我が国では他国(例えば米国)より非常に広くなっている。 

 例えば米国では、罪がそもそもfelony(重罪:長期1年以上)か、misdemeanor(軽罪:1年未満)かという大きな2分類がある。従って、例えば単なる万引きはmisdemeanorであり、長期4年以上になり得ない。しかし我が国にはそんな分類はない。従って、万引きですら、「窃盗罪」であって長期10年以上の罪になってしまう(実際の判決は軽いだろうが、ここで問題なのは、判決の軽重ではなく、犯罪構成要件の軽重なのである)。

 だから、結局「長期4年以上」を重大な犯罪とすると、なんと500以上の罪がこれに該当することになる。しかも原案では、国際性は何ら関係がないので、ちょっとした冗談は勿論、違法かどうか線引きの難しいストライキの相談、政治的な抗議運動の相談も、何か4年以上の罪が絡むことがないとは言い切れない。

 民主党案では、この弊害を除去するため、法案を「長期5年以上」の罪とすることとしている。しかし5年とすれば、今度は条約に合致しない。どうしても条約を履行しようと思えば、我が国も「第1級殺人」「第2級住居侵入」という感じで、罪を細分化しなければいかんと思う。

 要するに、この「共謀罪」の導入は、簡単な接ぎ木刑法では無理がありすぎる。刑法の罪の部分を全面改正する気概がなければやっちゃあいかんし、そこまでしなければいかん法案なのか、疑問がある。

 第1でも述べたが、原案の共謀は、目的犯でも、客観的行為の要求もないが、この点を加えて限定するのであれば、もう少しマシになるとは思うが、それでも共謀を独立の罪としてこなかった我が国では、なお違和感があるように思う。従って、少なくともいますぐ成立させるっていうのは、拙速以外のなにものでもない。



国際犯罪防止条約の該当部分


第二条 用語

この条約の適用上、

(a)
「組織的な犯罪集団」とは、三人以上の者から成る組織された集団であって、一定の期間存在し、かつ、金銭的利益その他の物質的利益を直接又は間接に得るため一又は二以上の重大な犯罪又はこの条約に従って定められる犯罪を行うことを目的として一体として行動するものをいう。

(b)
「重大な犯罪」とは、長期四年以上の自由を剥はく奪する刑又はこれより重い刑を科することができる犯罪を構成する行為をいう。

(c)
「組織された集団」とは、犯罪の即時の実行のために偶然に形成されたものではない集団をいい、その構成員について正式に定められた役割、その構成員の継続性又は発達した構造を有しなくてもよい。

第3条 適用範囲

1 この条約は、別段の定めがある場合を除くほか、次の犯罪であって、性質上国際的なものであり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するものの防止、捜査及び訴追について適用する。

(a)
 第五条、第六条、第八条及び第二十三条の規定に従って定められる犯罪
(b)
 前条に定義する重大な犯罪

2 1の規定の適用上、次の場合には、犯罪は、性質上国際的である。
(a)
 二以上の国において行われる場合
(b)
 一の国において行われるものであるが、その準備、計画、指示又は統制の実質的な部分が他の国において行われる場合
(c)
 一の国において行われるものであるが、二以上の国において犯罪活動を行う組織的な犯罪集団が関与する場合
(d)
 一の国において行われるものであるが、他の国に実質的な影響を及ぼす場合

第五条 組織的な犯罪集団への参加の犯罪化

1 締約国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。

(a)
 次の一方又は双方の行為(犯罪行為の未遂又は既遂に係る犯罪とは別個の犯罪とする。)
 (i)
  金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの
 (ii)
  組織的な犯罪集団の目的及び一般的な犯罪活動又は特定の犯罪を行う意図を認識しながら、次の活動に積極的に参加する個人の行為
  a 組織的な犯罪集団の犯罪活動
  b 組織的な犯罪集団のその他の活動(当該個人が、自己の参加が当該犯罪集団の目的の達成に寄与することを知っているときに限る。)

(b)
 組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の実行を組織し、指示し、ほう助し、教唆し若しくは援助し又はこれについて相談すること。
2 1に規定する認識、故意、目的又は合意は、客観的な事実の状況により推認することができる。