藤本大学~徒然なるままに(弁護士ぎーちのブログ)

ぎーち(弁護士藤本一郎:個人としては大阪弁護士会所属)のブログです。弁護士法人創知法律事務所(法人は、第二東京弁護士会所属)の代表社員です。東京・大阪・札幌にオフィスを持っています。また教育にも力を入れています。京都大学客員教授・同志社大学客員教授・神戸大学嘱託講師をやっています。英語・中国語・日本語が使えます。実は上場会社の役員とかもやっていますし、ビジネスロイヤーだと認識していますが、同時に、人権派でもあると思っています。要するに、熱い男のつもりです。

米国裁判のための日本での証拠収集から・・・

 米国の民事訴訟で証拠とするために、Depositionを日本の裁判所で採りたい。
 そんなん、日本のアメリカ大使館や領事館で取れるじゃないか。
 でも、それでは駄目なのだ、ということもある。
 
 そもそもDepositionとは何か。大抵は法律事務所で取得される当事者または第三者の陳述書という意味では、日本の裁判でも頻繁に使われる「陳述書」と似ている。ただし、宣誓をした上で、対質も保証されねばならないという意味では、証人尋問にも近い要式性が要求されるものでもある。

 なぜ、私的な「陳述書」ではいけないのか。それは、日米民訴法の相違による。

 私たちが刑事訴訟法でしか余りなじみのない、そして、検面調書であるだけで簡単に「例外」が認められる我が国と異なり、かの国では、(少なくとも連邦法上は)民事訴訟も刑事訴訟も、同じ証拠法(Federal Rules of Evidence)により、伝聞法則が規定されている。民事訴訟でも、簡単に私的書面を出せないのだ。

 いやしかし海外に証人予定者がいるときにはどうすれば良いのか?
 本番の証人尋問には呼べないかもしれない。

 連邦証拠法では、Former Testimony Exception*1

 だから、証人候補が海外にいてトライアルに出てこれないなら、Discoveryの段階で、その者からDepositionをとっておかないと、彼が何を知っていても、証拠として提出できない。私的な陳述書は、証拠能力がないのだ。

 日米領事条約に基づき、日本国内のアメリカ合衆国の大使館や領事館では、このDepositionをとることができる。厳格な伝聞法則が機能するアメリカ法に鑑みれば、日本在住者が証人候補となる場合、これがいかに大事か、分かって頂けるだろうか。

 ところで、連邦証拠法も無条件にDepositionを認める訳ではない。Depositionは裁判所が、subpoenaと呼ばれる罰則付の召喚状に基づき供述する者を呼び出す、という点では関与するが、あとは当事者が支配する手続であり、宣誓をさせるのも、ただの民間人である公証人*2である。そこで、証拠能力を認めるのについて、裁判所で行われた証人のヒアリングであれば、第一の要件は(少なくとも法文上は)無条件で通過するのに対し、Depositionは特に、法律適合性が要件として掲げられている。いくら領事館で行われるDepositionであっても、米国外での供述取得については、当該海外における法適合性についても問題となる可能性も0ではない。そうだとすれば、裁判所で正規に行われるヒアリングの方が良い(失敗が少ない)といえるかもしれない。

 より大きいのは、当該供述予定者が、敵対的である場合である。
 前述のSubpoenaと呼ばれる召喚状に基づき海外でDepositionを取得する場合、その召喚状を発布する機関が米国の裁判所になってしまう。米国の裁判所が直接呼び出して、果たして敵性証人が来てくれるだろうか。この場合、日本であれば、日本の裁判所の呼出状の方が効果的である。

 ただ、日本の民事訴訟法にはDepositionという手続そのものはないから、いわゆる証人尋問、つまり裁判所が行う証拠調べそのものを米国の裁判所から嘱託してもらって、日本で実施する、これが、「米国の民事訴訟で証拠とするために、Depositionを日本の裁判所で採りたい」という質問を実現するのに一番近い手段ということになろう。

 ところで、日本は、いわゆる民訴条約*3の批准国であるが、米国はそうではない。そこで、日米間の証拠調べに関する国際司法共助の根拠となる法令は、僅か三箇条しかない「共助法」*4を根拠とするしかない*5。この3箇条の中には、嘱託する場合は外交ルートを使え、というややこしい規定はあっても、その実際の手続に関する条項は、単に日本法に基づいてやるというだけの一箇条しかないのである。ところが、そこで採られる証拠は、日本の訴訟で使われる訳ではなく、米国の訴訟で使わなければいけないのであるから、単純に全て日本の民事訴訟法に基づき尋問を実施して良い、ということにはならないかもしれない。例えば、まさに今述べたように、伝聞証拠法則が日本の民訴法ではないといって良い。そんな中で伝聞証拠を一杯使った尋問の結果生じた尋問調書が、果たして米国の訴訟法上、証拠能力があるのか・・・。そういう問題が生じかねない。

 この点、近時の判例(例えば東京地判平成18年3月14日)の理由付け等を見ていると、嘱託書に、やって欲しいこと、避けて欲しいことをしっかり書いてくれ、というのが日本の裁判所のお願いのようである。しかし、それだけでは不十分であろう。そこで、新たな立法をするか、または、証拠法に関する別のハーグ条約*6に日本が加入することで、このあたりをはっきりさせるという手があり得る。しかし日本の法務省はこのあたりの充実に消極的なようである*7

 日米間というのは、とっても大事なのに、このように民事訴訟の証拠手続という1点をみても、まだまだ課題がありそうだ。そして、そういう課題を見つける際、慣れ親しんだ日本法が、まだまだ前近代的な面を持っていることを発見し、驚き、またちょっと恥ずかしくなってしまう。米国の法律家が、「日本の民事訴訟法には伝聞法則がない」とか「刑事訴訟で検面調書はほぼ無制限に証拠能力がある」とか「刑事事件の取調に被疑者が弁護士を同席することができない」、ということ聞いたら、ちょっと日本を鼻で笑うというか、へえ???という顔をする。

 かつて、日本は、法治国家ではないという理由で、不平等条約を強いられた状態から抜け出せなかった。決して海外の要求に屈する必要はないが、手続法については、特に、国際的に見ておかしい面は修正していく方が筋だろう。愛する日本が、法的に低レベルだという理由で、馬鹿にされるのを放置するのは余りに忍びない。決してそんなことはないが、一部の不適切な法律が突出してそんなイメージを生じさせている気がする。

*1:Rule 804 (b)(1)、なお同(a))), というものがあって、要は、トライアルに呼べない証人の供述であっても、(i)その証拠が正規のヒアリング、Depositionで取得されたもので、(ii)現手続の当事者に当時、同様の争点に関して、反対尋問権が付与されていて、(iii)正当に利用できない事情(証人の死亡や管轄内に合理的理由によって不在であること等)がある場合は、証拠にしてもいいという伝聞例外の1つである。((Rule 804 (b)(1): Testimony given as a witness at another hearing of the same or a different proceeding, or in a deposition taken in compliance with law in the course of the same or another proceeding, if the party against whom the testimony is now offered, or, in a civil action or proceeding, a predecessor in interest, had an opportunity and similar motive to develop the testimony by direct, cross, or redirect examination.

*2:日本と違い、法律事務所の秘書やロースクールの事務員の何割かはその資格をもっている

*3:Convention of 1 March 1954 on civil procedure, See http://www.hcch.net/index_en.php?act=conventions.text&cid=33

*4:外国裁判所ノ嘱託ニ因ル共助法

*5:なお日米ともに民訴送達条約の方は批准している。詳しくはhttp://www.hcch.net/index_en.php?act=conventions.text&cid=17

*6:Convention of 18 March 1970 on the Taking of Evidence Abroad in Civil or Commercial Matters

*7:http://www.moj.go.jp/PRESS/010412/kanwa25.html