藤本大学~徒然なるままに(弁護士ぎーちのブログ)

ぎーち(弁護士藤本一郎:個人としては大阪弁護士会所属)のブログです。弁護士法人創知法律事務所(法人は、第二東京弁護士会所属)の代表社員です。東京・大阪・札幌にオフィスを持っています。また教育にも力を入れています。京都大学客員教授・同志社大学客員教授・神戸大学嘱託講師をやっています。英語・中国語・日本語が使えます。実は上場会社の役員とかもやっていますし、ビジネスロイヤーだと認識していますが、同時に、人権派でもあると思っています。要するに、熱い男のつもりです。

お金と正義、どっちを取りますか?

 まずは、新聞報道から。

 朝日新聞電子版平成19年1月20日付
http://mytown.asahi.com/toyama/news.php?k_id=17000000701200003

足跡不一致のまま
 県警 別の容疑者を逮捕

 懲役3年の判決を受けて服役を終えた男性は「無実」だった――。県警は19日、強姦(ごう・かん)罪などで02年11月に実刑判決を受けた県内の男性(39)とは別の容疑者を逮捕したと発表した。現場に残された足跡が男性のものと違うという認識があっただけでなく、男性宅の電話の通信記録の調査が不十分なまま逮捕に踏み切っていた。逮捕から仮出所までに拘束された期間は2年9カ月。男性の親類は「きちんと調べてくれれば」と割り切れない思いを口にした。

 県警によると、02年1月中旬ごろ、県西部で女性が暴行され、同年3月中旬ごろにも県西部で、別の女性が暴行されそうになる事件が起きた。

 県警はこれらの事件について、似顔絵や被害者の証言などから男性を同年4月と5月に強姦や強姦未遂などの疑いで逮捕した。男性は同罪などで起訴され同年11月に懲役3年の実刑判決を受け服役。05年1月に仮出所した。

 だが、昨年8月、強制わいせつの疑いで鳥取県警に逮捕された大津英一容疑者(51)=松江市=が昨年11月中旬、富山県内の2事件について「自分がやった」と供述。県警が再捜査したところ、2事件の犯行現場にあった足跡が大津容疑者の足跡と一致したほか、男性宅の電話の通話時刻と犯行時間が近く男性の犯行は難しいことなどが分かったという。

 何故こんなことが起こるか。答えは簡単。
 日本では取調が密室で行われるから。

 例えばもしあなたが米国で逮捕されたとしましょう。
 取調は勿論あります。

 しかし、合衆国憲法(修正5条)上、一度もし被疑者が弁護士同席でなければ取調に応じない、と言えば、その後、弁護士同席なしで取り調べることは憲法違反になるのです。

 自分の言い分を理解してくれる人同席で話をするのであれば、ちゃんと言い分が言えます。しかし、そんな味方が誰もいない中で、最大23日間にわたる取調(逮捕されてから起訴されるまで)では、「早く帰りたい」「終わりにしたい」という思いから、事実じゃなくても、「やりました」と喋ってしまうことがあり得るのです。

 おそらく刑事事件にいまのところ縁がない普通の人には理解してもらいにくいと思いますが、本当にあるんです。


 取調室、入ったことありますか?
 テレビで見るような広い部屋じゃないですよ、せいぜい3畳くらいの狭い部屋です。刑事部の奥にいくつか並んでいます。現場検証・裁判所・検察庁に出る時を除いては、そこと、同じ警察署の留置場との間の行き来だけ*1。酷いときは接見すら弁護士以外禁止です。そんな23日間、もしも無実なのに耐えなければいけない、となったときの自分を想像してみて下さい。


 但し、弁護士が捜査段階から取調に同席するというのは、弁護のコストがかかります(捜査が「しづらく」なる結果として、検察・警察側でもコスト増になるでしょう)。果たしてその負担に国民が納得するでしょうか。また、そのような取調は、司法改革の中でも、日本の検察や警察は導入に消極的です。もっと一般の人(法律家以外、という意味)が、たとえコストがかかっても、そんな取調が必要だと支持してくれないと、いつまでたっても導入されないでしょう。そして、あなたが逮捕されたときに、あなたがやってもない事件で有罪となり、刑務所にいくことがあり得る訳です。そうなってからでは遅い。そして、こんな法体制だから、いつまで経っても、発展途上国からですら、馬鹿にされる刑事司法の有様から脱却できないのです。



 司法制度の問題は民事訴訟にもあります。

 日本では、相手方が所持している証拠を開示させる手段が充実していません*2。また、民事訴訟では、伝聞証拠法則が働かないので、何でも書類を簡単に証拠として提出できます。その結果、互いに都合の良い書類ばかり出すという裁判になります。偽造証拠もあるかもしれません。このことは、一面では、相手方から無理矢理証拠を探して持ってこさせよう、という努力をしなくて済むので、裁判1件あたりの弁護士報酬を下げ、また、裁判の日数を少なくするという効果をもたらします。しかし、極めて限られた箱庭での、「形式的真実」を暴くに過ぎません。その結果、本当の真実に基づいて裁判はされていないかもしれません。

 伝聞証拠法則を民事裁判にも導入し、相手方の保持する情報でも広範に開示する義務を負わせると、より実体的な真実が明らかとなり、「本当の真実」に従った裁判が可能になるかもしれません。しかし他方で、手間が格段に増す、という結果になります。アメリカで弁護士に裁判を依頼するなら、1審だけで、どんなに安くても1000万円は覚悟しなければいけませんが(普通はその何倍にもなります)、日本ではそんなお金はかかりません。勿論事案によるのですが、うまくいけば100万円使わずに裁判できることもあります。でも、どっちが良いのかは、もっと真剣に考えなければ行けないところです。


 いまのままで、低コストとそれなりの正義というので折り合いをつけるのか、高コストになっても、より「本当の真実」を追及することを重視するのか、もっと真剣に考えてみないと、いけないんじゃないかなあ、なんて思います。


 こういう点について、諸外国の制度を比較しながら、真剣にコストと正義の両面を睨みつつ、司法の制度を考えていくのが、司法制度改革なんだと思います。裁判員制度とかロースクール制度といった制度は、分かりやすい司法制度改革ですが、なんちゅうか、本質的な司法の質の向上とは関係のないところな気が、最近はしています。安倍さ〜ん、アメリカのマネがお好きなようなのですが、こういうあたりはマネするかしないか、検討しないんですかね〜

*1:代用監獄で収容される場合。重大事件の場合は最初から拘置所に収容されるが、通常は起訴前は警察署に設置されている留置場を拘置所の代わりとして用いる。警察は身柄をいつでも取調できるという「メリット」がある。他方弁護人側も、拘置所よりも接見可能時間が長いので(大抵は夜9時までは可能)、実は便利だと思って甘受している側面もある気がする。

*2:勿論「文書提出命令」(民訴221条)の活用次第ではもっと充実するのでしょうが、義務として提出しなければいけない範囲が狭い