藤本大学~徒然なるままに(弁護士ぎーちのブログ)

ぎーち(弁護士藤本一郎:個人としては大阪弁護士会所属)のブログです。弁護士法人創知法律事務所(法人は、第二東京弁護士会所属)の代表社員です。東京・大阪・札幌にオフィスを持っています。また教育にも力を入れています。京都大学客員教授・同志社大学客員教授・神戸大学嘱託講師をやっています。英語・中国語・日本語が使えます。実は上場会社の役員とかもやっていますし、ビジネスロイヤーだと認識していますが、同時に、人権派でもあると思っています。要するに、熱い男のつもりです。

LLPのお話。


 LLPって、なんでしょう??

 アメリカや英国に滞在したことがある人であれば、LLPという言葉を聞いたことがあるかもしれません。

 世界の法律事務所や会計事務所の大半は、このLLPという制度で出来ています。私がお世話になっているロサンゼルスの事務所もLLPです。


 LLPとは、Limited Liability Partnershipの略称です。我が国でも「有限責任事業組合」という制度が2005年から実施できることになりましたが、これが「日本版LLP」です。


 LLPは、比較的新しい組織の在り方です。
 何が新しいかといえば、会社と組合の良いとこ取りをしているのです。


 何故事業家はわざわざ「株式会社」を設立するんでしょう?
 いくつか理由がありますが、一番には「有限責任」だからです。会社を設立してしまえば、その事業家であるあなた以外に法律上の「人格」(法人格)がうまれます。例えば、事業によって大きな損失が発生した場合、会社は倒産するかもしれませんが、出資をした事業家個人はその損失の責任を負わないのが原則です*1。つまり、出資をしたカネはパーになってしまうかもしれませんが、しかし、それを超えて経済的責任が発生しない訳です。設立した株式会社の債権者が差押できるのはあくまで会社の資産だけ。個人の資産には差押がいけません。事業をやるというのはリスクがつきものですから、家族を守るためにも、事業と個人の責任は峻別できた方が良い訳です。同じ理屈は、株式会社が更に子会社を作る(分社化)際にもあてはまります。子会社が破産しても、親会社は出資がパーになるだけ。


 ただ、良いことばかりではありません。特に、人格が2つになるわけですから、税金もそれぞれ取られる訳です。個人として所得税が取られるだけではなく、法人としてその設立した株式会社に法人税が課税されます(その他、法人住民税などを取られます)。だから、例えばその会社が設立当初で儲かってなくても、会社から個人に支払った役員報酬(給料)には所得税が課税されます。その会社がえらい儲かって、出資者つまり株主である個人に利益を還元させようとする場合、還元の前に法人税が課税された上で、税引き後の利益に対し更に所得税(配当課税)がされ、別途役員報酬として支払われたお金にも所得税が課税されます。


 事業を法人化せずに、そのまま個人で経営する場合は、勿論個人の課税一本なのですが、今度は無限責任です。事業で何か責任を負えば、事業に使っている財産だけではなくて、個人資産のいっさいがっさいが債権者によって差押可能な資産ということになります。


 LLP(有限責任事業組合)は、あくまで組合なのですが、しかし、有限責任ということになっています。ですから、LLPの事業の範囲内で発生した債権者は、組合員個人の資産を差し押さえすることはできません。しかも株式会社とことなり、この組合で個人とは別の課税がなされることがありません。つまり、全ての所得は、各組合員でのみ課税(組合員が個人であれば所得税、法人であれば法人税)されるだけです。この「パススルー課税」は、日本版LLC(合同会社)では実現しなかった*2点であり、LLPを採用する大きなメリットといえるでしょう。


 具体例を想起すれば分かりやすいと思います。
 例えば、500万円ずつ2人で事業を興すとしましょう。
 初年度は、売上1000万、しかし経費が1500万かかって赤字500万円となったとしましょう。この2人はそれぞれ「別に所得」があるとします。また、組合からは赤字なので給与報酬は取っていなかったとしましょう。

 これを株式会社で行う場合、勿論赤字500万円なのですから、株式会社では課税されません。しかし、個人に別途発生する所得には課税されます。

 これをLLP(有限責任事業組合)で行う場合、赤字でも黒字でもLLPでは課税されず、全て個人で合算となります。つまり、2人が250万円ずつ赤字を「引き取る」ことができるのです。言い換えれば、この年の「別の所得」が、計算上250万円ずつ減る訳です。当然その分、所得税が減る訳です。但し、日本版LLPでは、この「引き取り」はみなし出資額の範囲とされていますので、例えばこの初年度の赤字が実は3000万(1人あたり1500万円)でした、ということになっても、出資額は1人500万円ですので、500万円までしか「引き取り」できないことになっています。


 しかも、細かい話ですが、あくまでLLPは組合なので、「法人」住民税などを別途納税する必要もありません。


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 というわけで、世界中で急速に普及しているLLPなのですが、日本の法律事務所や会計事務所などの「士業」は、このLLPの恩恵を受けられないのです。理由は、弁護士法人監査法人など、日本の「士業」の法人組織が、無限責任(つまり、法人の債権者は社員(≒株主)の個人資産にも差押をかけていけるということ)を原則としているからです。


 LLPだけではありません。アメリカでも実は「弁護士法人」という制度があるのですが、有限責任です。つまり、「株式会社」制度の中で、出資者(≒株主)と取締役・執行役が全て当該資格保有者で構成される会社について、「Professional Corporation」(PCと略します)という制度を認めています。「株式会社」制度の枠内ですので、当然有限責任なのです。日本の弁護士法人つまりLPC(Legal Professional Corporation)は、同じPCという単語を使いますが、弁護士法の枠内で認められている合名会社類似の制度に過ぎません。


 日本の法曹界は、弁護士激増によって、激しい競争に曝されようとしています。実際、どこまで本当か、ちょっとアメリカからはよく分からないのですが、今年秋から冬に誕生する新法曹の5人に1人が、就職先すらないそうです。それだけ激増させて、「国際標準」に近づけるために血を流している訳ですから、世界が享受しているメリットも与えられても良いはずです。「士業」にも、LLPやアメリカ型のPCの恩恵を与えて欲しいものです。


 アメリカでは現実に600名の弁護士を抱えていた法律事務所(LLP)が米国倒産法第11章(会社更生または民事再生に相当)の適用を申請したりしています。しかし、個々の弁護士がこの負債を負担しなくていいからこそ(但し、例えばLegal Malpracticeを原因として発生した負債については、関与した弁護士が個人的な責任を負うのは当然)、それによる弁護士業界全体へのダメージは小さい訳です。勿論いま現在はあってはならないことですが、日本の巨大法律事務所は全て「合名会社」型弁護士法人か、または単なる組合組織の法律事務所ですので、巨大な損失が発生した場合、そこに所属する全弁護士、少なくとも全パートナー弁護士が負債を抱えなければならなくなります。責任を取るのは当たり前、と思う方もいるかもしれませんが、かたやアメリカでは簡単に「弁護士」事業のターンアラウンドができ、かたや日本では全パートナーが弁護士として「失業」(弁護士は個人で破産すれば登録できない)するとなれば、いかに制度として不平等か、おわかり頂けるのではないでしょうか。

*1:現実には個人保証をしてしまえば一緒ということもありますが

*2:海外では普通パススルー